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書評『希臘から来たソフィア』三橋貴明・さかき漣

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希臘から来たソフィア
希臘から来たソフィア

希臘から来たソフィア

著者
三橋貴明・さかき漣
出版社
株式会社自由社
初版
2013/3/2

 人が自己を意識できるのは他人が存在するからだ。それでは、私たちはどんな時に「日本人」であることを意識するだろうか?

 本書は、経済評論家の三橋貴明と、作家・さかき漣との共作で、政治経済を題材とした「教養小説」の第三弾として書かれた小説。第一作目『コレキヨの恋文』では、国民経済と政治家について、第二作目の『真冬の向日葵』では報道と世論がテーマであった。今回は国民と祖国、そして歴史や民族文化についての物語となっている。

 私たちは普段、「日本人」であることを意識しない。その感覚が顕在化するのは、あくまでも他国の「日本人以外」が現れた時である。日本は古来より、宗教であれ文明であれ、輸入されたものを自国の風土に取り入れて消化し、同化する能力を持っていた。国民は取り入れた文明と共存しながらも、その中心には途切れることなく紡がれた「日本人の血」というものがあった。そのような国柄にあった私たちは、他国の者である「人間」だけは同化しなかった。未だ多くの人が外国人を前にした時、異様に「日本」や「日本人」を意識するのではないだろうか。

 そこで、改めて「日本とは何か?」「日本人とは何か?」と問われた時に、はっきりと自分の視座を語れるかと言えば、言葉に詰まる。本書は、そんな読者の「日本人観」を刺激し、もう一度現代人に「日本」を再考させる力を持っている。

 情報技術の進化に伴い、盛んにグローバリズムが叫ばれた結果、徐々にその歪みや違和感に気付き始めた人類は、「国際化」の意味について真剣に考える時期を迎えている。それにはまず、耳障りの良い抽象的な言葉やイデオロギーに左右されるのではなく、個々人が自身の体験を通して「国民」としての価値観を磨いていく他ないと、本作品を読んで痛感した。

 この物語の主人公は、政治家一族の名門、橘家の御曹司の橘航太郎と、ギリシア人の父と日本人の母との間に生まれたハーフのソフィア・ヴァシラキの二人。彼らは、それぞれに大きな悩みや葛藤を抱えた若い男女ゆえに、互いの価値観をぶつけ合い、時には喧嘩し、時には協力しあって成長していく。

 ギリシアの首都にあるアテネ大学を卒業したばかりのソフィアは、両親の勧めで日本へ海外留学することになる。その数年前のある日、とある日常の風景から物語は始まる。

 ここはギリシアの南の島、サントリーニの街角。白壁の続く美しい街並みに、洒落た雑貨が所狭しと並べられた店があまた並ぶ。通りの向こうに垣間見えるエーゲ海の水面には夏らしい日差しが燦々と照り付け、街路は世界中から集まった旅行客のさんざめく音で満ちている。

――『希臘から来たソフィア』書き出し

 本書の特徴の一つは、このような風景描写が至る所に散りばめられている点だ。日本とギリシア、その気候も風土も全く異なる土地の美しい情景を通して、読者はまるで登場人物と一緒に旅をしているかのような感覚を味わうことができる。

 留学先の大学での研究テーマとして政治報道を選んだソフィアは、担当教授の縁で、衆議院選挙候補の航太郎と出会うことになる。前回の衆議院議員総選挙において惨敗を喫した航太郎は、過去の失敗を悔いながらも、折れずに次期選挙に備えて奮闘していた。ソフィアは勝ち気な女性で、回りの空気を読まずに思った事を口にする性格。物怖じせずに持論を展開する彼女の姿に、航太郎は過去の自分を重ねる。

 航太郎とソフィアの間に交わされるのは、それぞれの政治的価値観や祖国への想いだ。著者は、時に過激な思想を登場人物に語らせる事で、読者の内面を相対化する手法の持ち主。前著に引き続き、本作品でもその効果は遺憾なく発揮されている。読者は、二人の会話を通して自分の思想の脆い部分を刺激され、いつの間にか持論の在り処を探ること必至となる。

 人の価値観は多用である。特に、生まれ育った国が違えば、当然見えている世界観も異なる。国際化社会の中でその溝を埋めるには、他者の事情を知り、理解し、歩み寄ることでしか成し得ない。そうでなければ、起こるのは戦争だ。そうならないために、日本人は日本人としての立場から他国を知る必要がある。これは個人の問題であり、個人は国家に属している以上、それは国家の問題と同意なのである。だから、航太郎とソフィアの会話は、それ自体が異文化交流を体現しているのだ。

 異文化交流、これは今とても大切な活動である。国という単位だけではなく、日本国内においても四十七都道府県分の異文化があり、更には世代や所属する集団、育った環境や文脈の数だけ違った文化が存在する。その現実を前にして、自分の立場からのみ価値観を振りかざし、異端を排除し、他者を取り込もうとするやり方には限界があるということを歴史が証明している。

 グローバリズムが謳う価値観は、立地や気候や風土や、そこに根付いた資源や環境、そして歴史や先祖から受け継がれた民族といった、それぞれの「事情」を飛び越えて、「地球」という一括りの言葉に還元してしまうものだった。そこには、良い面もあるが、守らなければいけない一面も当然含まれている。

 今の日本を生きる私たちが考えなければいけないのは、正に「日本の事情」を踏まえた上での、避けては通れない「国際化」の未来である。「自由」や「平等」という言葉を漠然と捉え、何となく選択した結果、取り返しのつかない結果を招いてからでは遅いのだ。

「平和」は、その中にいては見えない。失った時に初めて気付かされる透明な存在だ。そのように日常の中に埋没してしまう平和の断片が、この物語には絶妙に織り込まれている。忙しい現代人にとって、物語を通してでしか日常の平和を発見しづらくなっているのは悲しい現実である。

 しかし、本書を読了した読者であれば分かるはずだ。航太郎は、彼の価値観を演説で語った。ソフィアは、自身で彼女の将来を決断した。それを見た私たちは、次の行動を問われている。それが著者の込めた最も強いメッセージではないだろうか。

 私たち「個人」は、いま一度立ち止まり、日常に思いを馳せ、目を凝らし、耳を済ませて、もう一度「日本」を再認識しようではないか。他国を知り、他者を知り、自分自身の「日本観」を語れる視座を持つために。

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