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書評『コレキヨの恋文 ― 新米女性首相が高橋是清に国民経済を学んだら』三橋貴明・さかき漣

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コレキヨの恋文
コレキヨの恋文

コレキヨの恋文

著者
三橋貴明・さかき漣
出版社
小学館
初版
2012/3/28(ソフトカバー)

 GDPとは何か――この質問に回答することができなかった経済学の入門者も、それを十分に理解している識者にとっても、最高に「感動できる」政治・経済エンタメ小説。

 本書は、経済系の本に書かれる内容を物語の形式で語っているため、硬い文面が苦手な読者でも気軽に読み進めることができるようになっている。私たちが暮らしている国家という枠組みの中で、経済という機能がどのような役割を果たしているのか知りたいという人にこそ読んで欲しい一冊。

 本作『コレキヨの恋文』の主人公は、若干34歳にして日本初の女性内閣総理大臣に就任した元弁護士の霧島さくら子。舞台は現実の日本をモデルにした201X年で、東日本大震災以降のパラレルワールドを想定している。

 高橋是清という人物の名前に覚えのある人も多いことだろう。彼は、第20代内閣総理大臣の他、日本銀行総裁や大蔵大臣を務め、禍乱多き時代の日本において財政政策の手腕を発揮した実在の人物である。

 物語の始まりは首相官邸、桜舞う季節の裏庭から始まる。

 桜の花が舞っている。

 国家が繁栄への道を突き進むときも、はたまた未曾有の困難に直面するときも、この国には必ず咲く花がある。長い歴史の絵巻の中で、時の権力者が豪族、貴族、武将、政治家と移り変わっても、国家の象徴たる天皇(すめらぎ)は、途切れることなく永劫の時を刻み続けてきたように。
 大和(やまと)の国のまほろばでは、桜の蕾のほころびが春の訪れを告げ、そして潔く散りゆく。

――『コレキヨの恋文』書き出し

 この詩的な文章から一体どのような話が紡ぎ出されるのか、私は全く予想できなかった。序章を読み終えて第一章へと頁をめくると、現代の日本が「混迷の国」として描写される。GDPの成長率が示されたグラフが貼り付けられ、次々と列挙される実名の政治家や史実の事件、社会情勢の数々。「あれ? 実はノンフィクションなのかな」と思わせる内容から、一気に日本初の女性首相「霧島さくら子」誕生へと話は流れ込んでいく。

 読者はこの瞬間「もしも◯◯だったら」の世界に引きずり込まれる。そして、彼女を取り巻く抗いようのない状況と、内心独白される心理描写とで、一気に主人公側へ感情を寄せることになる。ああ、上手い。この流れは「今っぽい」キャラクター小説を読んでいるかのようだ、と思った。会話に比べて説明が多いわりに、スラスラと読み進めていくことができる仕掛けがしっかりと施されている。

 実際、さくら子の回りは個性豊かなキャラクターで彩られている。彼女の首相就任を後押しした朝生一郎(あさおいちろう)元首相は、もちろん第92代内閣総理大臣をモデルにしているであろうし、長身で眼鏡、元公認会計士という立場を活かしてデータに基づく理論で相手を論破することに長けてる東田剛(ひがしだつよし)参議院議員は、まるで乙女ゲーム(女性向け恋愛ゲーム)に出てきそうなツンデレ美男子である。官房長官の九条守(くじょうまもる)はさくら子と幼馴染で、代々政治家を務める九条家のエリートでありながら温和な正確で平和主義者(その名前からも分かる通り)だ。他にも、財務省から派遣された秘書官の丹後仁(たんごひとし)は東田と犬猿の仲であることが描かれる。

 このような個性的な登場人物があって、最終章の最後に描かれる場面などは、そのままアニメ化してもおかしくないほどの映像的な展開になっている。

 とは言え、この本の主題は国民経済。さくら子と是清が時間を越えて奇跡的に出会うことで生まれるドラマが物語の中心軌道を貫く。本書の本質的な価値は、歴史的事実と現代の状況を照らし合わせることで、問題を浮き彫りにしていることだ。

「日本のことを知るには海外に出て見よ」と言われるように、物事を客観的に捉えるには、自分が所属している状況から外に出なければならない。そういった意味で、この小説は過去と未来を、事実と虚構を、私たちの日常と政治世界の非日常とを対比させることで、難しいことを簡単に、複雑なことを単純に説明しようと試みている。

 例えば、さくら子がマスコミの取材を受けるシーンにおいて、記者の質問に対してさくら子が受け答えする部分。

「先ほどから『破綻』『破綻』と何度もご使用になっていますが、マスコミの皆様のおっしゃる『破綻』とは、具体的に何を意味しているのでしょうか? 日本破綻の定義って、何だとお思いですか?」
 さくら子の質問返しに、記者は偉そうに胸を張り、答える。
「財政破綻のことです。当たり前じゃないですか」
 まるで意味が分からない。
「では、財政破綻の定義は?」
 Y新聞記者はぐっと、言葉を詰まらせた。それまでさくら子相手に自信満々で詰問していた記者であるが、戸惑うように視線を泳がせる。
「えー、つまり、財政破綻とは、財政が破綻することですよ。そうです、国の財政が破綻すること、これを財政破綻と言うのです」
(なにそれ……)

――『コレキヨの恋文』第二章

 多くの読者は、「似たような光景」を目の当たりにしたことがあるのではないだろうか。普段、よくある光景というのは無言で見過ごされてしまうものだ。それが繰り返されるうちに問題意識が薄れ、いつしか問題は無意識に追いやられてしまう。小説は、フィクションによってこのような日常に埋没する「心当たり」に光を当てて目の前に晒す力を持っている。

 1990年初頭のバブル崩壊後に日本が陥ったデフレ経済の中、失われた20年と言われる通り、ついに日本はデフレを脱却することができなかった。それは誰の責任だろうか? そこで冒頭の質問に立ち返る。そもそも、私たちは何を知っていて、何を知らないのだろう。そして今、何を知るべきなのだろうか。

 語り手は、国民一般に埋没するこのような問題を、物語を通じて呼び起こすのである。物語の中盤でさくら子は、経済には詳しくない自分の「無知」を認め、国民の「義務」を演説する。そして、読者はさくら子と一緒に勉強しながら経済について学んでいくことになる。

 この世に生を受けた人は、否が応にも投げ込まれた環境の中で生きていかなければならない。そして、この日本に生まれた人ならば、無意識に組み込まれた「日本国民」としての感情を持っているはずだ。最終章、さくら子は「是清の恋文」を手にすることになる。読者は彼女と一緒にそれを読む。その時、あなたは何を想い、何を感じるのだろうか。

 本書が刊行されたのは2012年の4月である。今現在、物語に書かれている「現代」は過去となり、時代が進んだ今、目の前には別の社会問題や国民意識が横たわっている。その実情を見つめられるのは、現在に生きている私たちに他ならない。

 この本を読み終えた後、顔を上げ、一つ一つの問題に目を見張り、これからどうしていくべきか考えることは、我々一人ひとりにとっての「義務」ではないのだろうか。そのように思わせる力が、この小説にはあった。

 物語の中に書かれているように、マスコミが日々伝える多くの情報はネガティブなものや自虐的なものが多い。そのような世の中にあって、この『コレキヨの恋文』は、現代に生きる人々に勇気と希望を与えてくれる傑作だと言えよう。

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