書評『スクリプトドクターの脚本教室・初級編』三宅隆太

2018/8/13
スクリプトドクターの脚本教室・初級編

 スクリプトドクターという職業は一体どんなものなのか? この本を読めば分かる。その奥深さと面白さが。そして、三宅隆太という人物がどんな思考を持って「スクリプトドクター」をやっているのかが。

 本書は、脚本家やシナリオライター、作家や小説家といった、「物語を書く」職業を目指す人にとって一読の価値がある一冊。そればかりか、既にプロとして活躍している方にも大いに参考になる内容となっている。

 私は、この本をアニメ業界の方から紹介されて手に入れた。普段から「脚本」を扱うプロが推薦するのだから間違いないだろうと思って即座に購入した。かくいう私も、仕事として様々な媒体テクストを書いてきた経験を持っているのだが、ここで得た教えは今後必ず役に立つだろうと思わせるものだった。

スクリプトドクターの脚本教室・初級篇

スクリプトドクターの脚本教室・初級篇

著者
三宅隆太
出版社
新書館
初版
2015/6/25

スクリプトドクター三宅隆太の多彩な経歴

 著者の三宅隆太は、映像作品の助監督を経てフリーランスへ転身し、映画やテレビドラマ、ミュージックビデオの現場で活躍。その後、脚本家、監督になった経歴を持つ。日本では馴染みのなかったスクリプトドクターとして、ハリウッド作品を含む国内外の多くの作品に携わっている。TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』の映画談義が好評だったので、この番組を通して彼を知った人も多いのではないだろうか。

 本書は、脚本を書くための技術を教える「授業」という体裁を取っている。そのため、読者は「生徒」となって、三宅先生の指導を聞きながら脚本の書き方について学んで行くことになる。文章は著者が読者に語り掛ける口調なので、読みやすく、難しい表現を極力省いた内容になっている。タイトルに「初級編」と銘打っている通り、初心者でも最後まで安心して読むことができるだろう。

スクリプトドクターが危惧する「窓辺」系とは何か

 ページを開くと、「はじめに」の冒頭は以下のように書かれている。

 シナリオコンクールの応募作や、シナリオ学校の生徒が書いた脚本を読んでいると、「これって同じひとが書いたの?」と思うほどソックリな作品と出会うことがあります。
 なかでもよく目にするのは以下の4つのタイプです。
①「少年と死神」系
②「中年と女子高生」系
③「陸幕」系
④「窓辺」系

――『スクリプトドクターの脚本教室・初級編』

 この授業は、上記の中から四番目の「窓辺」系を題材にして始まる。著者は、①〜③までは紋切型のタイプで自己完結しているので放っておいても良いが、④に該当する人は、根が深い問題を抱えていると解説する。

 なぜ冒頭からこのような分類をするのだろうか? 脚本教室ならば、もっと初歩的なテクニックや基本的な心構えを教えてくれるものではないのだろうか? そうではない。著者は、前書きでこの授業の方向性をはっきりと示している。

脚本は「理屈」や「知識」ではなく、書き手の「感情」をつかって書くものだからです。

――三宅隆太

 そう。創作とは、何を置いてもまず作り手の精神を前提に語らなければならない。作者の内面が宿る前に、テクニックやメソッドを追う行為からは「作品」は生まれてこない。そのため、この授業において①〜③に見られるような、流行り廃りの激しい紋切型の「商品」を作るアプローチは、はなから除外しているのである。それよりも、「窓辺」系作者のように、迷い、悩み、閉じこもり、それでも自分の作品を作ろうとする、良くも悪くも素質を持ち合わせた人たちに向けて書かれているのだ。

テクニックか感情か

 感情については既に心得ている、それよりもテクニックやメソッドを知りたい、という方も安心して欲しい。本書を読み終える頃には、脚本を書く上で欠かせない方法論が体系的に脳に刻まれている。きっと読了した人の多くが、次のアクションに繋がる何らかのヒントを手に入れていることだろう。

 著者は、「窓辺」系作者を例に取り、彼らが「思考のクセ」を疑い、「殻を破る」ことを支援するために指南するという。これが授業の「はじまり」だ。そして、第一章「あなたの世界観をさぐる」へ続いていくのである。

 読者は、全6章からなる脚本教室の講義を通して、映画を構造的に分析する方法を学ぶ。更に、物語の展開をより深く理解し、人が面白いと思う仕組みを知ることになる。なぜそうなのか、という事を既存の作品や著者の知人のエピソードを例に交えながら、講師が生徒に語り掛けるような文面で綴られていく。

 良質で明確な脚本を書くには「事物の関連性」を見出し、それらを「結んでゆく感覚」と、結ばれた「線」を「時間軸に沿って前進させてゆく(軌道にする)」意識が必要です。
 そうはいっても、いきなりご自分の作品で的確な軌道を描くのは難しいかもしれません。
 そこで、もう一歩、深掘りしてみたいと思います。

――『スクリプトドクターの脚本教室・初級編』

 第3章で上記のように説明する著者は、「物語を貫く中心軌道」の根幹にあるものとして一貫して登場人物の「内面」に目を向ける。方法論としてのテクニックを解説する時でも、あくまで本質は人間の感情であるという姿勢が伝わってくる。だからこそ、使い古された構造や手段はどんどん使っていくべきだ、とも言っている。

 昔からストーリーの王道には決まったパターンがあると言われる。本書の中でも、「おそ松くん(おそ松さんではない)」の1エピソードを材料にしながら、スティーブン・キング原作の映画「デッドゾーン」、ジェームズ・キャメロン監督「ターミネーター2」、マイケル・J・フォックス主演の「ドク・ハリウッド」における構造の類似性をつまびらかにしていく。他にも映画に留まらず、同じ「軌道」を持ったドラマやアニメのタイトルが次から次へと居列されていく。詳しくは本書を手にとって頂きたいのだが、読者はここから「中心軌道を見抜く力」を養うことになる。

 ここで、「ストーリーを『パターン』で考えるならやっぱり『商品』の作り方じゃないか」と思う方もいるのではないだろうか。しかし、そうではない。商品は「作品」として価値を認められたからこそ商品たりえたのだ。初めから商品を作ろうとするアプローチとは本質的に異なる。だから、本当に面白い作品や、本質的に人を感動させる作品というのは、時代が変化した後に評価されることが多いのである。

 良い作品には、人間が感動する根源的な要素が含まれている。時代が変わっても残り続ける作品には、多分にこの要素が多く含まれている。それが、結果として「パターン」として浮かび上がってくるのだ。

多くの体験談から得られる気付き

 本書には面白いエピソードがいくつも散りばめられている。それは著者が実際に体験した出来事である。中には、高校生の時に来日したオリバー・ストーン監督に体当たりでインタビューする下りがあり、映画監督になる夢について直接アドバイスをもらっている。

映画監督になりたいなら……そうだな。まず君には確実にやらなければいけないことが3つある。ひとつ、脚本を書けるようになること。ふたつ、脚本を読めるようになること。そして、こいつがもっとも重要なことだが、みっつ……脚本を分析できるようになることだ!

――『スクリプトドクターの脚本教室・初級編』

 そこから時を遡って、読者は著者が小学生時代から行ってきたことを追体験することになる。その後に、「あなたの感情が動いた映画」で〈逆バコ起こし〉をしてみなさいという課題が提示される。この作業を通して、読者は構成力を身につける機会を得る。これはぜひ面倒くさがらずにやってみることをお薦めしたい。

 後半は、スクリプトドクターの仕事がどのような物なのかについて語られている。その中で、脚本に求められる役割や責任、現場を経験した目線から脚本家が想定しておいた方が良いことなどが書かれている。これは、実際にプロを目指す者にとってはありがたい情報ではないだろうか。

 最終章も結びに差し掛かるころになって、少々ナイーブなエピソードが挿入される。この時、私たちは著者に感情移入することになる。しかし、ここで注意深く目的に立ち返るならば、読者ひとりひとりが自分の人生を振り返り、「未精算の過去」「現在の葛藤」「殻を破る瞬間」を見つめ直す必要に迫られるべきだ。それこそが、次の「脚本」を書く足がかりになると同時に、この本が伝えたかった本質である。

 この「初級編」はAmazonでも高い評価を得ており、これを読んだ人ならば高確率で「中級編」も読んでみたくなることだろう。もちろん、これを読んだ人の中から「上級者」が出て来ることが、著者の本当の願いに違いない。

スクリプトドクターの脚本教室・初級篇

スクリプトドクターの脚本教室・初級篇

著者
三宅隆太
出版社
新書館
初版
2015/6/25